海外移籍も視野に? 元なでしこJAPANキャプテン・宮間あやら退団の背景は…岡山湯郷ベル激動の1年

宮間あや 退団

元日本代表のMF宮間あや、GK福元美穂の退団、2部降格…。サッカー女子・なでしこリーグの岡山湯郷ベルにとって今季は混迷を極めた1年だった。
退団騒動の背景に何があったのか、探った。

ホームで戦う選手たちを後押しするサポーターの声援がため息に変わった。

10月23日、美作ラグビーサッカー場(美作市)で行われたなでしこリーグ1部の最終節。

岡山湯郷ベルは奮闘むなしく1―2で新潟に敗れ2005年の1部昇格以後、初の2部降格が決まった。

この日の先発メンバーは、3月末の開幕戦から実に8人も入れ替わっていた。

■引き金

宮間、福元、FW松岡実希、DF高橋佐智江の主力4選手が退団意向―。

チームを大きく揺るがす事態が明るみに出たのはリーグ戦中断期間中の7月下旬だった。

引き金となったのは6月1日、桜井庄吾監督の辞任を受けて結城治男コーチが監督代行に昇格したことだったとみられる。

関係者によると、宮間が深く関わっていたチームの戦術や試合のメンバー選考を結城氏が主導するようになったという。

チーム運営の方針が変わる中、6月に両膝を手術した宮間だけでなく、福元ら3人も7月20日から練習に参加しなくなったという。

クラブ側は事態を収拾できず、結城氏を解任。
4選手の慰留に努めたものの、宮間を除く3選手は8月10日付で退団した。

いったん残留となった宮間も試合出場はなく、今季終了に合わせ「自分を見つめ直したい」とチームを離れた。

8月下旬に辞めた別の3選手らを加えると、今季の退団選手は計9人。

チーム創設に尽力し、01年12月からゼネラルマネジャーを務めた黒田和則氏、コーチらも相次いで退任した。

異常事態に陥ったチームは泥沼の13連敗で今季リーグを終えた。

■数年前から

チームのまとまりが欠け始めたのは数年前からという指摘がある。

発足当初から高い指導力でチームを率いた本田美登里監督が11年1月で退団。

新体制となったチームで宮間、福元は日本代表として同年夏のワールドカップドイツ大会で優勝、女子サッカーは一躍、脚光を浴び、順風に見えた。

ところが、翌12年の開幕前に大量9人が退団。14年にも同じく9人が辞めた。

この間、12、13年はリーグ戦最高の3位。14年は4位に終わったものの、レギュラーシリーズは1位と一定の結果を残してきた。

しかし、15年は成績が振るわず、種田佳織監督がシーズン途中で辞任。

1部昇格以来最低の8位となり、残留争いに巻き込まれた。

チーム創設当初から活躍し、W杯優勝、ロンドン五輪銀の立役者となって「湯郷」の名を全国に発信してきた宮間と福元。

選手の一人は「(宮間)あやさん、(福元)美穂さんのおかげでチームがここまで来られた」と感謝する。

一方で存在感が際立つだけに、関係者には若手選手との間に微妙な距離が生まれたのでは、との見方もある。

攻守の大黒柱抜きで2部で戦う来季は1年での1部復帰を目指し、一から出直すシーズンになる。

【引用元:山陽新聞デジタル】

■なでしこ元主将・宮間あやはどこへ 海外移籍も視野に…

宮間あや(31)はどこへいったのか。
サッカー女子なでしこリーグの岡山湯郷に亘崇詞(わたり・たかし)監督兼ゼネラルマネジャー(GM、44)が就任。

なでしこジャパンを主将として牽引した宮間ら主力選手の退団騒動についても触れ、「いろいろなことはあったが、再び信頼を取り戻したい」と力を込めた。宮間は過去の人扱いだった。

宮間は日本代表で2011年W杯ドイツ大会での初優勝に貢献。

主将として、12年ロンドン五輪銀メダル、15年W杯カナダ大会準優勝に導いた。

ところが、今夏に両ひざを手術した上、当時の監督に「人格否定発言」をされたとしてトラブルに。

結局復帰できず、チームは2部に降格した。通算15年在籍した岡山を11月5日付で退団した。

宮間の今後はまったく不透明だ。
なでしこリーグの他クラブは、今回の退団騒動で獲得に二の足を踏んでいる。

海外移籍も視野に入れているとみられるが、決して若くはないし、両膝の故障を抱えていて、いかに日本代表の元主将といえども、そうそう引き合いはない。

なでしこリーグ関係者は「やはり“沢ロス”ではないか。沢が結婚、妊娠を発表したと同時に、宮間はトラブルになった。

宮間は信頼する沢が幸せになるのはうれしいが、サッカーから離れていくのは寂しかっただろう」という。

また、あの職人芸のプレーを見ることはできるだろうか。

【引用元:夕刊フジ】

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