大橋巨泉の家族が怒り「あの医者、あの薬に殺された」~無念の死。最後は寝たきりに 始まりはモルヒネの「誤投与」だった

大橋巨泉

■急激に弱っていった

〈先生からは「死因は〝急性呼吸不全〟ですが、その原因には、中咽頭がん以来の手術や放射線などの影響も含まれますが、最後に受けたモルヒネ系の鎮痛剤の過剰投与による影響も大きい」と伺いました。

もし、一つ愚痴をお許し頂ければ、最後の在宅介護の痛み止めの誤投与が無ければと許せない気持ちです〉

これは7月12日に亡くなった大橋巨泉さん(享年82)の妻・寿々子さんが、その心情を綴った文章の一節である。さらにこう続く。

〈5月までは希望を持っていましたが、6月には体力の衰えが見えて、7月に入ると眠っている時間が長くなりました。

それでも娘や孫達の見舞いを受けるとニッコリと笑顔を見せていました。その頃には会話をする気力も無く、頷いたり、手を強く握ったり、目元や口元の動きなどで意思を伝えてくれました〉

確かに3度にわたるがん手術と4回の放射線治療に加え、昨年の11月に発症した腸閉塞によるダメージは大きかった。

だが、今年の4月に受けた在宅介護において医療機関のモルヒネ系鎮痛剤の誤投与により極端に体力が低下したことも、死期を早めた可能性が少なからずある。

もしあの時、モルヒネを大量に投与されていなければ、もっと生きられたのではないか-。

冒頭の寿々子さんの言葉からは、そう悔やむ気持ちがひしひしと伝わってくる。

事の経緯を振り返る。
巨泉さんが20年にわたり続けてきた、週刊現代コラム『今週の遺言』(6月27日掲載)の最終回にはこう書かれている。

〈3月27日に国立がん研究センター中央病院に緊急入院して検査をしたが、幸いがんは見つからなかった。

(中略)CVポート(胸に埋め込む点滴補助器具)をすれば自宅での在宅介護で問題ないと言われ、がんセンターを4月5日に退院したのである。

しかしこの在宅介護が大ピンチの始まりになろうとは神のみぞ知るであった。

退院した5日の午後、我が家を訪ねてきた在宅介護の院長は、いきなりボクに「大橋さん。どこで死にたいですか?」と訊いてきた。以前にも書いたようにボクは既に死ぬ覚悟はできていたのだが、「エッ?俺もう死ぬの?」と呆然とした。

次に「痛い所はありますか?」と訊くから「背中が痛い」と答えたら、直ぐにモルヒネ系の鎮痛剤のオプソやMSコンチンが薬局から大量に届いた。

院長は毎日来るのだが特に何もしない。この頃からボクの記憶は曖昧になる〉

■「この医者はやめよう」と決意

この原稿をもらった当時、事務所の社長であり巨泉さんの実弟の大橋哲也さんは、本誌に治療の内情をこう語っていた。

「がんセンターの先生からは『今のところがんはないので、まずは体力を回復させましょう』と言われていたのですが、この在宅介護の医者は『どこで死にたいですか?どうやって死にたいですか?』とばかり聞いてきました。

がんセンターから兄のカルテが届いているはずなのに、読んでなかったのでしょうか……。

そして、『とにかく背中の痛みを抑えるために、薬を飲みましょう』とモルヒネ系の薬をどんどん送ってきたのです。その中には貼り薬もありました。

さらにこの医者は、『まあ、もって2~3ヵ月でしょう。私は専門医だから分かるんです』と言う。兄も私たち家族も、相当なショックを受けたのは言うまでもありません」

次の日から、巨泉さんはこの医者に言われた通りに処方されたモルヒネ薬を飲み始めた。するとこんな症状が出始めたという。

「薬を飲むまでは普通に歩いていたし、トイレも自分で行けていたのですが、飲み始めて2日目になると、フラフラして一人で歩けなくなりました。

寿々子さんから電話がかかって来て、一人では抱えられないと言うから、飛んで行ったんです。

3日目になると二人がかりじゃないと支えられないほどになり、兄も『なんか変なんだよ。空を飛んでいるみたいだ』と訴えていました」(哲也さん)

終末医療に詳しい、帯津三敬病院の帯津良一名誉院長が解説する。

「医療麻薬として知られるモルヒネ系薬は、痛みをとる代わりに、副作用として意識障害や、呼吸抑制により心臓に負担がかかることがある。

特に高齢者で体力が衰えている方は慎重に使う必要があります。服用量を間違えると死期を早めてしまう危険性もある」

寿々子さんと哲也さんは、がんセンターで「今のところがんの転移はない」と言われていたのに、モルヒネを投与されてから、日に日に弱っていく巨泉さんを見て不安を募らせていた。

見かねた寿々子さんと哲也さんはがんセンターの片井均医師と、長年にわたり巨泉さんを診てきた若山芳彦医師に連絡。

二人の先生は異口同音に「痛み止め(モルヒネ)の使用法に問題がありそうだ」と、再入院をすすめた。

だがこの在宅医は、「薬を中止しよう」とは言わなかったという。

「毎日自宅には来るのですが何もしない。こんなにフラフラになって意識が混濁しているので、普通の医者なら『おかしい』と思うはずなのですが……。

付き添いの看護師が脈を測ったりはしていましたが、この医師が問診することは、ほとんどありませんでした。それでいて『早いなあ、(寿命が)1~2週間になっちゃったかなあ』と言うのです」(哲也さん)

不信感を募らせた哲也さんが、知人に調べてもらったところ、この医者は元々「皮膚科の専門医」だったことが判明したという。それが現在は緩和ケアの病院で院長を務めていたのである。

この時点で寿々子さんと哲也さんは、「この在宅医に診てもらうのをやめよう」と決心していた。
■好きなことをしたかったのに

ところが薬を服用してから5日目、在宅医から「今日がヤマです」と突然告げられた。

「最初は2~3ヵ月と言っていたのに、急に『今日が危ない』ですからね。翌日、別の病院に入院することを伝えても『そうですか』としか言わない。

もしあのまま薬を使い続けていたら、間違いなく死んでいたと思います。

処方する前から量がおかしいとは思わなかったか?素人では分かりませんよ。自宅には使わなかった30日分以上の薬が残っています」

巨泉さんのコラムの最終回には、こう記されている。

〈翌11日の朝、若山先生が同乗してくれた弟の車で家を出たのだが、突然ボクの意識は飛んだ。

そのとき若山先生が的確な指示を出してくれて、途中の病院に緊急入院の形で担ぎ込まれたという。

たった5日間で意識も薄れ、歩行もままならぬ体になったのだから恐ろしい事だ。

モルヒネ系の痛み止めの薬は体内に蓄積される事で知られるが、がんセンターではボクの体力に合わせて使っていたようだ。

普通の病院なら、がんセンターからの資料を読めば理解できた筈なのだが、何故だか大量に渡されたのである。

何しろ九死に一生を得たのだが、82歳の老人には大打撃であった。結局、緊急入院になったために、ノーチョイスで救命処置を受ける事になってしまったのである〉

結局巨泉さんは、集中治療室を出ることなく、息を引き取った。コラムの最終回が掲載された直後、この在宅ケアの医師から寿々子さんと哲也さんに連絡があったという。

「医者からは『申し訳なかった。てっきり(巨泉さんは)緩和ケアをするものだと勘違いしていた』と電話があった。

兄と私たち家族が望んでいたのは、最後に好きなことをして逝くことでした。でも結果として、兄は、最期においしい物を食べることも、ワインを飲むことも、ゴルフをすることも何も叶わなくなってしまった。まさか寝たきりになってしまうとは想像もしていませんでした」(哲也さん)

巨泉さんはかつて最初の胃がんを患った時に「がんを治すのは医者ではなく、自分自身の力です」と語っていた。

その言葉通り、4度のがんを乗り越えてきた。だが、結局最後はベッドに寝たきりのまま、亡くなってしまった。

本来なら「さようなら、逝ってくるよ」と軽口を言って旅立つはずだった。あのモルヒネの誤投与さえなければ……。

巨泉さんと残された家族の無念はあまりに大きい。

「週刊現代」2016年8月6日号より

【引用元:現代ビジネス】

■大橋巨泉氏のモルヒネ投与医師はニキビ治療専門家だった

7月12日に亡くなった大橋巨泉さん(享年82)の死後、妻・寿々子さんが発表したコメントが物議を醸している。

〈先生(看取った医師)からは「死因は“呼吸不全”ですが、(中略)最後に受けたモルヒネ系の鎮痛剤の過剰投与による影響も大きい」と伺いました。

もし、一つ愚痴をお許しいただければ、最後の在宅介護の痛み止めの誤投与が無ければと許せない気持ちです〉

過去、胃がんを始め3度にわたるがん手術を乗り越えてきた巨泉さんは、国立がん研究センターで放射線治療などを受けた後、今年4月に退院し、千葉県内の自宅で在宅医療を受けていた。

それを担ったのが、近所の在宅診療所の院長であるA医師だった。A氏は、巨泉さんが「背中が痛い」というと、モルヒネ系の鎮痛剤を処方したという。

巨泉さんはその後、一人で歩けなくなるほど体力が低下し、再びがんセンターに入院。

それから約3か月後にこの世を去った。寿々子さんは今も鎮痛剤の服用を後悔しているという。

巨泉さんの親族が語る。
「親族はみな後悔の気持ちでいっぱいです。あとで調べたら、A氏は皮膚科や美容形成外科の分野で有名な医師だったと知り、驚きました」

A氏はもともと防衛医科大学校病院の形成外科医として勤務後、都内に美容皮膚科クリニックを開業。

重症のニキビに対する光線力学療法で話題を呼び、ニキビ治療に関する著書も出版するなど、業界内では有名な存在だった。

だが、その得意分野においてもこんな過去があった。防衛医大病院の形成外科医時代の1998年に、あざの治療をめぐって医療事故訴訟を起こされていたのである。

原告であるフリーライターの井上静氏によれば、裁判では「十分な説明がなされないまま手術をした診療契約上の債務不履行にあたる」として、勤務する防衛医大=国に、500万円の賠償命令が下された。

井上氏はこういう。
「私は背中の手術だったため、命に影響はなかったが、巨泉さんは違う。形成外科医ががん患者の在宅医療に携わっているとは思いもよりませんでした」

今回の背景には、高齢化が進むなかで注目を集める「在宅医療」の構造的問題があると、この分野のパイオニアとして知られる長尾クリニックの長尾和宏院長がいう。

「多くの医師が在宅医療に続々参入していますが、終末期医療や在宅緩和ケアに関する教育体制が追いついていません。

皮膚科や眼科など緩和医療の研鑽を積んでいない医師が、末期がんの在宅患者を診ている場合もあるのが実情です」

A氏が経営する診療所に取材すると、「(巨泉さんのことも裁判のことも)何も答えられない」というのみだった。

終末期における治療には、慎重な対応が求められる。

※週刊ポスト2016年8月12日号

【引用元:NEWSポストセブン】

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