女子卓球・福原愛の活躍の裏に父、母との決別が! 母親と兄がつくったマネジメント会社からも独立

福原愛

準決勝では破れたものの、リオ五輪卓球女子シングルスで日本の卓球史上初のシングルベスト4に進出した福原愛。

こうした活躍の裏に愛ちゃんのたゆまぬ努力や技術的な向上があるのはもちろんだが、関係者はこれに加えて「精神的な充実が大きい」という。

「福原はこの数年で精神的に一回りも二回りも大きくなった。とくに親からの自立が大きいんじゃないかと思いますね。

福原といえば、親に依存する一方、家族の存在が彼女の負担になってきたが、それが数年前から、家族と距離をとれるようになって、自分の意志で動けるようになった。それがすごく大きいと思う」(福原に詳しいスポーツ紙記者)

福原といえば、3歳の頃から母親の千代さんが英才教育を行い、以来、二人三脚で卓球浸けの生活を送ってきたことは有名な話だ。

毎日毎日、練習に付き合い、遠征先や留学先にも必ず母親が同行してきた。

いや、母親だけではない。福原一家は父親の武彦さん、母親の千代さん、そして愛ちゃんのお兄さんの4人家族だが、一家の生活は福原の活躍とともに完全に福原の卓球中心になっていった。

父親の武彦さんはマネジメントやビジネス面を仕切るようになり、練習方針やコーチ選び、マスコミ対応などにも口を出すようになっていった。
中国出身のコーチを招聘したのも武彦さんだ。

だが、両親は娘の競技生活をバックアップする一方で、その娘に経済的に依存するようになっていった。

たとえば、1998年7月、10歳になった福原はミキハウスと専属契約を結んだが、これは”父親のよる身売り”ではないかという声がしきりだった。

当時の週刊誌にはこんな報道がなされている。
「実は父親の武彦氏(55当時)がオーナーをつとめる不動産会社『福原産業』が今年2月、仙台地裁で破産宣告を受け、社長の母親、千代さん(47当時)も破産。負債額は1億5600万円、5月29日に第1回の債権者集会を開くという」

「愛ちゃんが出演したテレビやラジオなどは約1000件。95年からはグンゼ、永谷園など八つのCMに出演。1本1000万円~2000万円ともいわれる契約料は、借金返済に消えていったという」

(「サンデー毎日」毎日新聞社/98年5月10・17合併号)

つまり、借金でのっぴきならない状態に陥った父親がミキハウスに高額契約をもちかけたのではないかというのだ。

実際、その後、ミキハウスは福原のためにわざわざ青森JSC(ジュニアスポーツクラブ)を作り、そろって青森に転居した福原一家の面倒を見ていたという。

だが、それでも、父親の借金は解消できなかった。
福原が青森山田高校に進学し、15歳でアテネ五輪出場が決まった直後の04年5月、両親の離婚が発覚するのだが、これは借金逃れの”偽装離婚”ではないかという報道がなされた。

というのも、この離婚は、前述した福原産業の債権者から1億4000万円を返済しないと債権を第三者に譲渡するという通知が武彦さんのもとに送られた数日後のことだったからだ。

福原と両親をめぐる金の問題はまだ続いた。
05年、ミキハウスが提示した4年間で2億円の契約延長に福原の両親が応じなかったが、これも借金返済のためさらに好条件の移籍先を探してのことだといわれた。

実際にその後、福原は教育関連事業を手がける「グランプリ」に移籍、さらに全日空と”より契約金が高い”と言われる企業へと移籍している。

当時この問題を報じた「週刊ポスト」(小学館)05年4月8日号にはこんな記述がある。

「武彦氏の借金がどれだけあるのかは不明ですが、一家にとって愛ちゃんが稼ぎ頭なのは間違いない。

離婚も、愛ちゃんの収入が父親の借金の返済に充てられないようにするための形式だけのものと報じられています。

試合会場から帰るときも、家族みんなで同じ車に乗っていきますしね。

離婚した昨年の5月は、愛ちゃんがアテネ行きを決め、その広告キャラクターとしての存在価値が急上昇した時期と一致します」

だが、今から3年ほど前の13年10月、父親の武彦さんが逝去したことで意外な事実が発覚する。

福原が葬儀に出席せず、「08年の終わりごろを最後に、一度も会っていない状態にありました。以降は電話やメールでのやりとりも、一度もない関係となりました」とコメント。

つまり、この数年前から、父親と絶縁状態にあったことが発覚したのである。

当時、この父親との関係を報じた「婦人公論」(中央公論新社)がこんな報道関係者のコメントを載せている。

「愛ちゃんは厳しい父親に逆らうことができず従っていたけれど、ついに反旗を翻し、自立を決意したのです。

この08年末に、テニスの錦織圭選手との熱愛が報じられましたが、以前の愛ちゃんであれば父親の顔色を伺って決してできないことだったのでしょう」(「婦人公論」14年1月22日号)

確かに父親と決裂した直後の09年、福原は7月のITTFプロツアーでツアーとしては初めてシングルスで優勝を飾り、同時にダブルスでも優勝した。

また12月の東アジア競技大会ダブルスでも優勝するなど好調ぶりをアピールした。

しかし、その後も、福原は母親の千代さんとは相変わらずべったりの関係を続けていた。

08年に千代さんと兄が家族事務所「千秀企画」を立ち上げ、この会社がマネジメントを行うようになっている。

だが、福原はその母親ともロンドン五輪の頃から徐々に距離をとるようになっていったという。

「仲違いをしたとかいうことでなく、きちんと話し合って、母親と距離を取り始めたということのようです。

練習メニューや出場試合などもそれまでは母親の言うことを優先していたが、自分の意思を貫くようになった」(前出・スポーツ紙記者)

そして、今年1月から、福原は前述した母と兄の立ち上げた事務所を離れ、マネジメントを電通の系列会社に委託するようになった。

「愛ちゃんは母親と距離を置いた後も、経済的にはずっと母親や兄の生活を支えてきた。

しかし、それもきちんと整理したということのようです。ただ、今も母親とは関係は悪くなっていない。今年2月には恋人の江宏傑さんを引き合わせたとも聞いていますし」

実際、母親の千代さんはリオ五輪直前の7月31日「河北新報」(電子版)インタビューに登場しているが、「現在は監督やコーチにお任せしているし、私はただ見守るしかありません」と答えている。

それがリオ五輪の快進撃の原因かどうかはともかく、愛ちゃんの姿勢については拍手を送りたい。

幼い頃からの英才教育の影響で、多くのアスリートは大人になっても、親との依存関係を断ち切れないでいる。

そんな中で、愛ちゃんはじっくり時間をかけ、親をきちんと納得させ、自立を実現したのだから。

【引用元:リテラ】

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