SMAP解散 元凶はキムタクを変節させた工藤静香の独立潰し/キムタクの裏切り過去にも…1998年SMAP解散情報の真相

木村拓哉と工藤静香

SMAP解散の裏で暗躍したのが木村拓哉(43)の妻でタレントの工藤静香(46)である。

今年1月に明るみになった独立騒動の直接の引き金はジャニーズ事務所の女帝・メリー喜多川副社長とSMAPの育ての親とも言われるヤリ手マネジャー飯島三智氏の確執だったが、“独立潰し”のため「メリーさんの腰巾着」のように動いたのが工藤だ。

「1月に騒動が露見する前、いったんはキムタクも5人全員での独立に同意していたのです。それをひっくり返したのが工藤でした。

工藤はジャニーズでは絶対的タブーだった結婚を許してくれたメリーさんに非常に恩義を感じており、結婚後は家族ぐるみの交際を続けています。

そして夫のキムタクに対してジャニーズに残るよう説得し、キムタクも残留を決断しました。

これが他のメンバーから見れば“女の言葉になびいた裏切り”と映り、亀裂は深まってしまったのです」(芸能評論家の肥留間正明氏)

独立を画策した飯島氏に対して電話で猛抗議したとも報じられるなど、なりふり構わず夫を説いた工藤。

キムタクも人の親である。メンバーで唯一の妻子持ちという状況が独立を踏みとどまらせたという一面は否定できないところだろう。

メリーさんの意をくんで夫を“完落ち”させた工藤の覚えはさらにめでたくなり、キムタクは事務所幹部への道が約束されたも同然となれば内助の功といえなくもない。

しかし、他のメンバーや多くのSMAPファンからみると「解散」という最悪の事態に至ってしまったのは「工藤がシャシャリ出てきたせいだ」と言われても致し方ないところ。

すでにキムタクとそれ以外のメンバーの間には大きな亀裂が走っていたとはいえ、修復不能にしたのは周囲の女たちである。

古来、「雌鶏歌えば家滅ぶ」という。SMAPは工藤の一鳴で完全に崩壊してしまった。

■キムタクの裏切り過去にも…1998年“SMAP解散情報”の真相

SMAPの解散決定を家族でバカンス中のハワイで知らされた木村拓哉(43)。
一度は「活動休止」でまとまった話である。

それが自分が日本にいない隙に一気に解散へと雪崩を打つとは、他の4人のメンバーとの温度差はオアフ島と北極以上だ。

ハワイにはジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長(89)とその娘の藤島ジュリー景子副社長(50)も滞在中。

本来であればSMAP25周年コンサートの企画などを燦々と降り注ぐ陽光の下で事務所の最高幹部と話し合う場のはずが、今は帰国後の対応を巡って大わらわだろう。

実はメンバーにしてみれば、木村の裏切りは今回に限ったことではない。

やはりSMAP解散説が飛び交った1998年10月、リーダーの中居正広(43)らがこのウワサを言下に否定したのに対して、「ないと思いますよ。(来年は)どうですかね」と煮え切らない態度に終始したのが木村だった。

「解散説が流れた最大の理由は、この2年前から噂されたキムタクの独立話でした。

キムタクの父親がジャニーズ事務所とは無関係に息子の写真集を発売し、勤めていた1部上場企業も退職。息子のためとしか思えない個人事務所も設立と伝えられていたのです」(ベテラン芸能記者)

結局、この時の独立説は立ち消えになったが、木村以外のメンバーが忘れたとは思えない。

「あの時はひとり抜け駆けして、独立を画策しておきながら、今回は事務所側に回って計画を潰すなんてふざけるな!」と思ったとしてもぜんぜん不思議じゃない。

解散決定に際し「本当に無念」「情けない結果になってしまった」とコメントしたキムタクだが、決して胸を張って偉そうに物を言える立場ではないのだ。

【引用元:日刊ゲンダイ】

関連記事

コメントを残す

お問い合わせ | 運営者について